RINCOM

9月 飛雲集(神奈川・長野) 東納多美子 選

9月 飛雲集(神奈川・長野) 東納多美子 選

泣けてくる日々

神奈川 三春 佐藤麻起子

涙ぐむ父の介護に疲れ果て「どうしたんだ」と心配する父
だんだんと瘦せていく父悲しくて泣けてくる日々食べてと願う
「泣けてくる日々」の心の葛藤が胸に迫ります。作者は優しいがゆえに泣けてくるのですね。無理をしないで、出来ることだけをやってくださいね。これからも短歌に詠み続けてください。

私の近況

神奈川 開成 内田 陽子

苦しみも歌に綴れば胸の奥やわらぎゆきて夕べ楽しき
嬉しさも嘆きも歌にかえゆけば心和みぬしきなみ短歌
短歌の素晴らしさ、しきなみ短歌の良さを大いに感じてくださっています。仲間を増やして高みを目指してくださいね。

黄金虫

神奈川 鎌倉 浅野 容子

手のひらに黄金虫乗せよみがえる子どもの頃の夏の思い出
黄金虫右手左手行き来させ玉虫色の美しさ知る
子供の頃の虫で遊んだ楽しい思い出ですね。キラキラ美しい黄金虫。「こがね虫はかねもちだ~こどもにみずあめなめさせた」と懐かしい童謡を思い出しました。

東慶寺

神奈川 栄区 荒浪 正子

東慶寺屋根より高く白木蓮祈るが如く気高く咲きぬ
新緑の縁切り寺の石段を登りし先のそよぐ春風
東慶寺は江戸幕府の公認の夫の暴力、虐待に苦しむ女性を救済する役割を果たしていた「駆け込み寺」だったのですね。2首共、下の句が清清しくて良いです。

尊徳記念館の吟行会

神奈川 開成 髙橋 静一

尊徳の偉業新たに教わりて真白き富士の一層眩し
尊徳の教えを学ぶ記念館心に残す「至誠勤労」
二宮尊徳の偉業をあらためて深く知る良い吟行会でしたね。1首目の下の句が生きています。「至誠勤労」良い言葉ですね。

父母の思い出

神奈川 開成 髙橋 正

卒塔婆の父母の名に浮かびくる遠き夏の日の優しい笑顔
つらい時思い出すのは父母の厳しい言葉と優しい笑顔
卒塔婆は故人の追善供養で冥福などを祈る、細長い板に戒名などが書かれてたもの。供養法要が終われば、お墓に持って行きますね。作者は墓参で卒塔婆から優しいご両親を思い出し、感謝されています。

葉桜の土手

神奈川 南足柄 加藤 照美

葉桜の土手に小雨の降りしきる靴底まつわる白き花びら
喧噪のあと咲き残る二つ三つ桜の花のほほえましきや
桜の季節がほぼ終わっても、最後まで桜を表現している。なんと季節の移ろいをしっかり見ているのでしょう。良い2首です。

短歌

花婿とアオザイ姿の花嫁の海をバックに国際結婚
(神奈川 渕野辺 安部 由美)
友人の夫の話に笑い合うひとり身の吾よ少し寂しき
(神奈川 溝の口 井上世紀子)
ホーホケキョ鶯ひと声鳴き渡り街のざわめき一瞬止まる
(神奈川 三春 田中 肇)
気にかかる二階の部屋に風を入れ「今日好日」と断捨離励む
(長野 長野 浅田富士子)
小筆持ちひたすら縦横線を引くやっと右手に馴染んだ感あり
(神奈川 栄区 御﨑 崇恵)
去りがたく大仏の姿忘れじと振り返りつつ心にきざむ
(神奈川 三春 西川 榮子)
春雨が花びらの色洗い流し暑さに備え新緑とする
(神奈川 海老名 椎橋 義信)
歌ごもり講師の言葉ありがたく我が短歌さらに愛おしくなる
(神奈川 三春 石渡 友子)
インド船クルーと食べる本場カリー魅惑のスパイス異国の味わい
(神奈川 塚越 中本 重孝)
バラフェスタ深紅の花びら重厚な女王のように気高く立ちぬ
(神奈川 海老名 勝俣まち子)
五月晴れ母の笑顔を想いつつ感謝の言葉を花束に託す
(神奈川 都筑区 藤居 芳明)
心がけだったらいつも明朗で感謝忘れず健康キープと
(神奈川 鎌倉 吉田 幸子)
友活けし講師の隣華やいで春の温もり歌会和む
(神奈川 平塚 石尾のり子)
雨上り雫を宿す紫陽花の雲間の日差し青きらめける
(神奈川 塚越 山岸 慶枝)
身体(からだ)毎声張り上げて歌うのは入学間近の卒園の子等
(長野 長野 平栗 正之)
旅立った散りゆく桜追いかけて九十四の義父天寿全う
(神奈川 青葉区 福村 裕子)
夫の手と恋人繫ぎしてみたら武骨な指の力伝わる
(長野 飯田 中平 賀和)
竹の子も伸びる所に節がある高みを目指し強さをつくる
(神奈川 渕野辺 板橋 清)
あの人に見せたいと願う夕暮れの虹は儚いひとときの橋
(神奈川 横浜北法人 村松紀美枝)
シニアにはボケない散歩いいらしい五感を使いて見る聞くさわる
(長野 長野 清水なつの)
初孫の「結婚しまぁす」宣言に家族沸き立つ連休最中
(神奈川 鴨宮 髙井 蔦枝)

選をおえて

今年は私の住んでいる九州地方は、少し早い梅雨明けとなりましたが、途端に「熱中症警戒アラート」が発表されました。又、暑い夏になりそうです。いよいよ「デジタル創生」が動き始めました。暫くは戸惑いや不都合があるかも知れませんが、先々では良い結果になると思います。今までどおり、五感を働かせ、日々の暮らしや嬉しいこと、悲しいことなど、短歌に詠むことには何も変わりはありません。お互いに益々励みましょう。