昭和20年9月に「平和と世界文化の建設」という大理想を掲げて創始に至った倫理運動。創始者である丸山敏雄の胸中には、当初のかなり早い段階から雑誌創刊に対する志が明確にあったようである。
倫理研究所の第2代理事長である丸山竹秋は、丸山敏雄が「これからの運動は、出版物を先頭に掲げなくては駄目だ。われわれの訴えを世の中に浸透させるには、雑誌は不可欠のものだ」という主旨のことを折にふれて語っていたと述べている。
昭和22年7月に丸山敏雄が「いよいよ時機が到来した。断然、計画の実行に踏み切りたい」との決意を定例の研究会の席上で披歴。その場にいた一同は意気込んだものの、当時は発行に必要な資金がなく、雑誌の編集や発行の経験者もいなかったため、実際には課題が山積している状況であった。
昭和22年8月には、「新刊雑誌について」という資料を作成し、知人や友人に配布。中には「正しい、美しい文化日本、平和日本の再建を希(こいねが)うの心の切なるあまり、そのもとである個人の誤りない日々の働きと、家庭の美しい和合のため、常に目標となり、精神の糧となる月々の読物を」とあり、こうした願いが込められて本誌は創刊されたのである。
敗戦まもない当時は物資の不足に加えて道義は荒廃し、生きるだけでも大変な時代であった。そうした未曾有の混乱期に「道義の昂揚」と「生活の改善」を旗印として、『新世』(創刊当時は『文化と家庭』)は誕生した。
その生活改善の第一歩は「家庭」をよくすることから始まる。家庭は、人々が共に生きていく上で基本となる共同体であり、言葉や習慣といった文化を育む重要な足場ともなっている。個々人が人間的に成長するだけでなく、それぞれの家庭がよくなっていくことが、職場や地域、ひいては社会全体がよくなることに繋がるのである。創刊当時の新世社(倫理研究所)には、「雑誌新世、一家に一冊」という大文字の看板が掲げられていた。丸山敏雄の念願はこうした部分にも表われている。
創刊号の『文化と家庭』という誌名に至るまでには『文化生活』や『愛和』といったさまざまな候補が挙がっていた。創刊に向けて協議を進めるなかで、丸山竹秋が提案した『家庭と文化』という名前が賛同を得たが、既に同じ名前の雑誌があったため、順番を入れ替えて『文化と家庭』という誌名となった。
雑誌に使用する用紙の手配や発刊に要する資金集め、雑誌の頒布方法など、さまざまな困難のなかで発行されてきた『新世』。創刊から間もなく80年を迎えるが、「家庭をよくする」という使命は今もなお変わらずに受け継がれているのである。
新刊雑誌について
ひしひしとおし迫って来る今日の苦難が、すべて戦争の結果であることを思うとき、我が新憲法が世界にさきがけて戦争を放棄したことは深い意味をもっております。
日本民主主義の根本はこの徹底した平和と愛の上に立った新しい努力による我国独自のものでなくてはなりません。
正しい、美しい文化日本、平和日本の再建を希うの心の切なるあまり、そのもとである個人の誤りない日々の働きと、家庭の美しい和合のため、常に目標となり、精神の糧となる月々の読物をと念願して雑誌「○○」を発行したいと思います。
ついては皆様の腹蔵ない御高見と雑誌のよい名称についての御考えとを御漏し願いたく、発行決定の上は何卒万般に亙って御援助の程御願い致します。昭和二十二年八月
内 容
一、夫婦生活 二、子供の教育
三、今日の問題 四、善事善行
五、科学常識 六、内外篤行伝
七、文芸(小説・評論・短歌)
八、処世指針 九、文化生活
十、その他特 色
実践的・創造的・楽観的・現実的・積極的・情趣的