倫理研究所研究員 中島康弘
Y子さんは20代の頃、あるきっかけで倫理と出会って以来、生涯にわたって学び続けました。入会当時は、ご主人とお子さん3人の5人家族で子育ての最中でした。しかしY子さんはかなりの心配性で、ご主人の帰りが遅いと、〈ほかに女性でもいるのではないか〉と疑い、さらに〈もしかしたら借金など何か問題を抱えているのではないか〉と不安を募らせ、その動揺や焦りから子供たちにきつくあたることがありました。そのため、Y子さんにとって子育ては辛いものであり、また子供たちにとっても母をどこか恐れる気持ちがあったのです。
息子さんの授業参観でのことです。Y子さんはどこか暗い表情をしていたのでしょう。参加していた同じクラスのお母さんに声をかけられ、それがきっかけとなって倫理の勉強会に誘われ、学び始めることになりました。
過去と向き合う中で見えたもの
そうした日々の中でY子さんは〈もしかしたら父親との関係が夫との向き合い方に影響しているのではないか〉と感じるようになりました。幼い頃、Y子さんの父は仕事や人間関係の中で生じた苛立ちを母にぶつけて、悲しませていました。その辛い記憶と、父を許せない思いを今も抱えていることに気づいた時、それが夫との関係にも表われているのだと、はっとしたのです。
Y子さんはすでに他界している父の墓前に立ち、子供の頃に言えなかった思いを涙ながらに語りました。怖かったこと、母に優しく接してほしかったことなど、ずっと心に溜め込んでいた思いを吐き出していくうちに、本当は父を愛し、そして愛されることを強く求めていた自分自身にようやく気づいていったのです。
そして夫に向けていたマイナスの感情も、父に抱いていた思いと重なっていることを実感したY子さんは、きちんと向き合って謝らなければならないと自宅へ戻り、夫に正直な思いを打ち明けました。
夫は何も悪いことをしていないのに、ずっと疑ってばかりで心から信じ切れていなかったこと、そしてその不信感を態度でも表わしていた身勝手さを詫び、「これからは良い妻になります」と、結婚して以来、初めて心から深く頭を下げたのです。
夫婦の仲は改善されて、Y子さんの純粋倫理への学びはますます深まっていきました。自らの体験をもとに、悩みを抱える人たちへ声をかけ、行事への参加を促すなど喜んで活動に取り組むようになりました。そのいきいきとした姿を家族はとても喜び、Y子さんを温かく支え続けました。
やがて時を経て、ご主人が他界し、3人のお子さんたちもそれぞれ家庭を持ちました。一人暮らしとなったY子さんの自宅の近くには娘さん家族が暮らし、安心して日々を過ごしていました。そして昨年、お子さんたちの家族に温かく見守られながら、87歳の天寿を全うされました。
心に残る母の姿
その後、Y子さんの娘さんが純粋倫理を学んでいることを知りました。そしてある時、娘さんとお会いする機会があり、じつに印象深いお話を伺いました。 「私が小さい頃から、母は倫理の学びに熱心で楽しそうに活動している姿をよく覚えています。あの頃がとても懐かしいです。
高齢となり、死期が迫って入院していたある日のことです。楽しみのテレビも見られないほど体力が落ちていたにもかかわらず、母は『倫理の本を持ってきて』と私に頼んだのです。驚きながらも家の本棚にある丸山敏秋理事長の著書『風のゆくえ』を持っていき、手渡しました。母はそれを受け取ると、すぐに開いて読み進めていくのです。信じられない思いでその姿を見ていた私は、思わず『お母さん、読めるの?』と聞きました。すると静かに『読んでいるわよ』と答えたのです。それから間もなくホスピスへと移ったのですが、あの時の母の声と姿が胸に染み入り、私も学んでみたいと思うようになったのです」
この出来事は娘さんにとって純粋倫理の力を深く感じるきっかけとなりました。
幼い頃には怖いとさえ感じていた母が、倫理の学びを通して夫と穏やかに向き合い、子供たちにも優しく明るく接するようになっていった――まさに学びへのひたむきな姿勢と日々の実践の積み重ねそのものであり、それらは娘さんの心に刻まれていきました。
人生に起こる出来事や人間関係には、自らの心の在り方が映し出されている面もあれば、よりよく生きるために与えられた機会とも受けとめることができるでしょう。
Y子さんが過去と向き合い、気づきと実践を重ねた時、夫そして子供たちとの関係は大きく変わりました。その姿勢はやがて娘さんへと受け継がれ、倫理の学びの灯は次の世代へとつながっています。一人の真摯な実践が世代を超えて受け継がれていく。その姿は何よりも尊いものです。
実践は決して容易ではありません。しかし、その一歩を踏み出すことで自らが変わり、その姿は周囲の人々にも新たな一歩を促す力となっていくのです。