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『新世』はこれからも生き続ける

『新世』はこれからも生き続ける

 倫理研究所 理事長 丸山敏秋

 人間の歴史を変えた大発明の一つが、印刷術である。
 紙は西暦105五年頃の中国で、官廷の役人だった蔡倫さいりんが発明したという。木の皮や麻などの植物繊維を砕いていたのが始まりだとか。紙の製法は七世紀になって日本に伝わり、和紙が改良されていく。
 活字を開発し、紙に印刷する技術を発明したのはドイツの金細工きんざいく師ヨハネス・グーテンベルク(1400頃〜1468)である。聖書をはじめ数多くの書物が世の中に出回り、ヨーロッパでルネサンス、宗教改革、科学革命が起こり、近代文明が形成された。日本では明治になって、木版から活版へと変わり、新聞や書籍類の大規模な印刷が始まった。
 戦後の甚だしい混乱期に、丸山敏雄は「世直し」の事業に立ち上がった。発見した生活法則(純粋倫理)を伝え、実践者が増えていけば、世の中はかならず良くなる。倫理研究所の前身である「新世会」を発足し、活動を始めた。どうやって純粋倫理を伝えればよいか。まずは口コミだが、限界がある。文字を媒体にした出版物ならば広く行き渡らせる。よし月刊誌を出そう、タイトルは『文化と家庭』――ズブの素人たちが果敢に挑んだ。
 しかしそれは暴挙に等しかった。編集者は活字の大きさも割り付けのやり方も知らない。10月に出した創刊号は、月刊誌の慣例として11月号とすべきところ、10月号と刷ってしまった。取次店を経て一般小売店に出すルートや、広告のことも考えていない。
 さらに大きな問題は、知人のすべてに渡して残った2,000部をどうするかである。小売店で扱ってくれるはずがない。ついに丸山敏雄が天啓を得て、街頭に繰り出し、見ず知らずの人たちに頒布することになる。もうけ仕事として雑誌を出しているのではないとの信念から、販売ではなく頒布という表現を敏雄は用いた。
 敗戦から2年後の、皆が皆貧しい頃である。上野駅などで列車を待つ人たちに声をからして雑誌を勧めても、なかなか買ってもらえない。丸山敏雄自身も街頭に何度も立った。空腹に耐え、冬の寒さにも負けず、草創期の職員たちは頑張り抜いた。当時の苦労話の数々は、丸山竹秋が自身の経験も踏まえて詳しく書いている(『丸山敏雄人と思想』第一章第三節)。
 1947年11月16日、『文化と家庭』の発刊記念報告会が開かれたとき、集まった32名の来賓の前で、丸山敏雄が述べた挨拶の筆記が伝わっている。それまで自分が人々から受けてきた計り知れない大恩だいおん鴻恩こうおん)について述べたあと、次のように真情が吐露された。

 この度、この雑誌『文化と家庭』を発刊いたしましたのも、ひとえに、その鴻恩の万分の一に報いる、それを社会のためにつくすことによって御恩返しの一端にもと思って出発したのでありますが、その事のために又々、皆様に非常な御世話になることになりました。とても御恩返しどころか、また尊い借金が増えたようなわけであります。(同上書)


 駅頭の行列がなくなり、街頭頒布ができなくなると、アメリカ式のセールスを真似た戸別訪問頒布に切り替わる。誌名も『新世』に変わった。全国の各拠点で雑誌頒布が精力的に行われ、本誌の発行部数は伸びていく。
 私事だが、倫理研究所の青年活動に参加していた頃に、もっとも苦手なのは雑誌頒布だった。知らない人に話しかけるのは恥ずかしい。押し売りのように見られるのも嫌である。ところが月に何10冊も、楽しそうに頒布している婦人がおられるのには驚いた。銀行のロビーや病院の待合室に置かれていた『新世』を手にして入会した、という話は数多く聞いた。
 一度の休刊もなく発行され続けた本誌は、間違いなく普及のツールとして倫理運動を支えたのである。進んで本誌を沢山購入し、頒布に尽力された会員の方々には頭が下がる。他方では、個人会員組織の拠点の資格基準を維持するために、役職者の方々に大きな負担を強いたのも事実だった。
 個別頒布の時期は長く続いたが、やがてインターフォンが普及し、訪問販売に対する規制が強化されるような時勢となって、月刊誌は普及のツールとしての役割が十分に果たせなくなった。世の中は確実に変わっていく。そして今やIT時代に――。暮らしのあらゆる領域でデジタル化が広がり、そこから逃れることはもうできない。倫理運動もその大波に乗っていかねばならない。昨年、創始80年を迎えたことから、個人会員組織の思いきった改革に挑むこととした。名づけて「デジタル創生」である。
 具体的には、世帯保有率がなんと97.4%に達しているスマートフォンの活用である(総務省『情報通信白書 令和6年版』)。その一環として、紙媒体で発行してきた『新世』をデジタル化することにした。会員には無料で配信される。紙とデジタルと二つの媒体があるのは望ましいかもしれないが、紙版のコストは驚くほど高額になり、取り扱いが複雑になるなど、両立は難しい。
 草創期からの苦労を一身に背負い、その使命を果たしてきた『新世』の紙版は、今号が最後となる。紙に印刷製本された本誌は「死ぬ」のである。
 惜別の思いは尽きない。しかし本誌が無くなってしまうのではない。人が死ぬと肉体は無くなってもその存在まで消えることはないように、『新世』は形を変えて生き続ける。そしてこれからも、倫理運動を支えていく。

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