短歌にまつわるしきなみ会員の体験を掲載します。
家庭倫理の会川口南 蕨支苑 木之下 寛(きのした ひろし)
私は造園業を軸に、今ではさまざまな仕事にチャレンジしています。独立する前に勤めていた造園会社では、朝は早くから夜遅くまで働き、休日も造園の現場を見に行くか、寝ているかのような仕事中心の生活を送っていました。
独立してから3年以上が経ち、家族と過ごせる時間が何倍にも増えました。私は今までの分を取り戻そうと、家族中心の生活に変わっていきました。
「もっと息子に興味を持って」
令和7年2月、妻が中学生になる息子の塾のことで悩んでいました。塾の授業体験に行った息子が、入学するかどうかを自分で決められず、妻はなかなか決まらないことにストレスが溜まり、私に言うようになりました。
私は子供たちに対して、「全て良し」と何事も受け止める気持ちでいたため、妻の悩みに対して、〈入学するかは息子が決めることだから、どちらでも良い。考えすぎではないだろうか〉という気持ちで聞き流していました。
しかし、妻のある一言が私の心に刺さりました。「もっと息子に興味を持ってほしい」。今までとは違い、言いたくても言えなかったことを絞り出した言葉のようで、私は何も言えなくなりました。
私は父親に厳しく育てられた経験から、普段から妻や子供たちに優しく接することを心掛けていたつもりでした。家族からのお願いは、無理をしてでもすべて聞くのがいい夫であり、いい父親だと思っていたからです。
しかし、妻に「家族に興味がない」と思われていたことがショックで、どう受け止めればよいのか分からずに悩みながらも、思い切って妻に「どうしたらいいだろうか?」と相談したところ、妻が「毎日、息子の短歌を作ってみたら」と言ってくれたのです。
我が家は、祖父母の代から倫理に触れ、家族とともに学びを深めてきました。深く考えずに、妻の言うとおり、毎日息子の短歌を作ることにしました。
父親に素直な気持ち言えぬ過去我の息子も同じと気づく
短歌を作るために、息子の話す時の表情や言葉をよく観察するようになると、子供の頃の私と同じように、素直にありのままの気持ちを言葉にできず、言葉を選んでいるように感じました。その時、妻に言われた「息子に興味を持ってほしい」という言葉が腑に落ちました。
吾子達とぶつかり稽古する妻を昔は観戦今は応援
毎日短歌を詠むことで、妻との関係も変わっていきました。子供達と切磋琢磨する妻のたくましさを感じ、段々と妻の子供に対する不安や悩みを一緒に夫婦のこととして受け止められるようになってきました。
誰かしら充電切れて側にいる妻は家族の充電器なり
子供達も小学4年生、中学生と大きくなるにつれ、自分の部屋で寝るようになり、やっと夫婦だけで寝られるようになった頃、寂しさからか子供達は2人とも定期的に妻の横で寝ている姿を目にするようになりました。
子供の気持ちや妻の苦労に気づくようになると、今まで妻のためにと一生懸命に行動にうつしていたことも、〈果たして妻のためになっていただろうか〉と振り返るようになりました。そこから、今度は息子だけでなく、周りの人をよく観察して短歌を作るようになりました。すると、相手に寄り添う心が育まれ、思いやりの言葉を短歌に詠むようになったのです。
1600首の家族短歌
令和7年2月1日から、1日も休まずに短歌を作り続けました。最初は毎日一首作っていましたが、今では私、妻、息子、娘、両親、会社の従業員の短歌を毎日5首以上作り続け、1600首を超えました。
続けていると、気持ちの後始末ができるようになり、31文字にまとめることで、余計な言葉や不足不満な気持ちを捨てる実践にもなりました。
そして、自分の心を誤魔化して強がったり、身体が疲れているのに鞭打って動いたりしたことに、気がつくことができました。
また、相手の気持ちを決めつけてしまう癖に気づき、自分の心や身体、相手の気持ちをそのまま受け入れる大切さを知りました。そのお陰で、夫婦、家族などの関係もさらに良くなりました。
「怒ってる」妻に放った言葉の刃「こっちもな」と返され喜ぶ
珍しく、夫婦で無言の喧嘩をしていた時に、私の「怒ってる」の言葉に対して、直ぐに「こっちもな」と妻が言い返したことがありました。今まで、妻は私に言いたいことを溜めてしまう癖がありましたが、私が短歌を始めてからは、毎日お互いが感じたことを話す機会が増えました。その中で出てきた妻の素直な言葉が嬉しくて、喧嘩の最中に拍手するほどでした。
妻の一言から始まった短歌作りは、毎日妻が話を聞いてくれて褒めてくれるからこそ続けられています。本当に妻に感謝しています。これからも、夫婦で倫理の学びを深めて、短歌を続けていきます。
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